2011年12月19日月曜日

感性

 この画像、どう受けとめてもらえただろうか?
うんにゃ、特にドーってコトは無い、単なる雲であるが・・・。
awakiti的にはポわ~んとした形が何かに似ている!?と、思ったのである。


雲は雲、それはそれ・特別な感情なんてナイ!と、思われるムキもあろうが。
自然が織りなすカタチって色々あって、それが受け止め方というかセンスといったものでそれぞれの受け止め方が異なると思う。
そう、感性というものが正にそれであり、その人の行動まで左右されるのではなかろうか?
ホラ言うではないですか、感性が豊かだとかそうでは無いとか色々言われるでしょ!?

感性と言えばawakitiも豊かであったら・・と、思うことがしばしあるのだ。
それは絵画とか物作りなどで、どのようにしたらこれを仕上げたのだろうか?と思わせられることである。
奇抜なアイディアなどは、それがどのようにして発想したのだろうか、またはヒントを探り当てたのだろうか?と、気づかされた時には大きな衝撃を覚えるのだ。
すると我が身はナンと貧相なものであるよ・・と、ね。
感性は磨けば光るのだろうか、それとも持って生まれたものなのだろうか・・・。

awakitiは昔から工作が大好きでガキの頃から父親が作ってくれた凧とかソリをみて、な~んだこんな風にして作るのかぁと真似てみた。
そしたら曲がりなりにソリはガンガン滑り、凧も天高く上がってくれた。
それには”コツ”と言うものがあって、制作過程を注意深く見る事によって得られるらしいと知ったのである。
コツをつかめばこっちのもの、作りに難があっても適当に修正即ちごまかしをすることにより、ナンとかなるものだ。
だが、本当によく滑るとか高く上がるなんて、更に手間も多く掛けねばダメと知った時は多少落ちこんだものである。
が、そんなことでへこたれるコトは無かった。
だって、自分が作ったものだ、最高に良いものに決まっているから・・と、自己弁護することも知る。
ガキの頃からナンとまぁ自分に甘かったものである、いまも変わらぬが・・・。


 写真も感性のなせる技では無いかと思う。
数多くこなせばそれなりに気づくことや思い知らされることもあるハズ。
が、何も感じずただシャッターを押しているだけだけでは、感動は生まれない。
分かりきった事であるが、それが非常に難しい。
動画は時間軸を写真は瞬間の切り取りだ、違いはそれだけ。
だが、心に届けられるものはそれぞれに異なるし、伝える事柄は微妙に差となって現れるものである。
自分に甘くヒトに厳しいawakitiには難題であるので、美しいとか感動を覚えるような写真は撮れないのだなぁ・・・。
だから、都合良く!?感性豊かになりたい・・、などとほざくのあった。

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